2025年
日 時:7月20日(日)午後1時30分~4時30分
場 所:亀戸カメリアプラザ6階第3研修室
発 表:淺野 義次
上杉鷹山は江戸時代、出羽国米沢藩の第9代藩主であり、在世中から名君として全国に知られた人物でした。明治になってからは「倹約」「勤勉」「孝行」等の道徳の体現者として、修身教科書の題材として取り上げられるようになりました。特に明治37年(1904)以降に使用されるようになった国定修身教科書では、登場回数において明治天皇、二宮金次郎に次ぐ第三位の多さとなっています。
戦後は歴史教科書において、江戸時代後期に各藩が財政危機に陥った時期に、農村組織の強化や特産物の生産促進等によって財政立て直しに成功した大名のひとりとして取り上げられています。さらにバブル経済が崩壊した1990年代以降は、鷹山のリーダーシップや組織改革手腕等が注目され、その事績に関する書籍が多数刊行されています。
今回の学習会では、このように時代を越えて評価され続ける鷹山について、その誕生から死去までの事績を辿ります。特にどのような改革を行ったのかを、鷹山の指示の下で具体的に実施に当たった藩政指導者の行動も含めて取り上げます。最後にまとめとして、鷹山の人間性やその歴史的役割についても言及したいと思います。
[報告]
上杉鷹山は、江戸時代から今日まで一貫して名君として讃えられ、また欧米においても高い評価を受けている稀有な人物です。鷹山は藩主となった時から「君主は人民のために存在しているのであり、君主は人民が豊かで安心して暮らせるように、全力を尽くさなければならない」ということを強く意識し、そのために全力を注ぎました。実質的に55年間藩政を主導し、農村復興・新産業の育成・教学の振興等によって、破綻寸前だった米沢藩を豊かで平和な国につくり変えました。
鷹山は、倹約・親孝行・敬師等の道徳的な行動についても、家臣や領民から絶大な敬意を受けており、そのことが鷹山の長期にわたる藩政主導を可能にした背景でもあると思います。現在の米沢においても、鷹山の築いた産業や教学の伝統がしっかり根付いています。また、「なせば成る‐‐‐」という鷹山の歌は市内の様々な場所で見ることができます。その精神が今日に至るまで脈々と引き継がれており、まさに米沢の名君といわれるのにふさわしい人物であったと思います。
今回初めて学習会のWeb運用やプロジェクターを使った説明を行いました。わからないことが多くスムーズにいかない点もありましたが、関係の方たちのご支援によりなんとか無事に終えることができました。これからもパソコン等のスキルを上げて、より分かりやすく効率的なプレゼン方法を追求していきたいと思います。当日出席いただいた42名(内お二人はWeb参加)の皆様に御礼申し上げます。
(淺野義次・記)