2025年
日 時:8月17日(日)午後1時30分~4時30分
場 所:亀戸カメリアプラザ6階第3研修室
発 表:西村 信明
藤原氏は鎌足に始まり現在まで継続している名家です。奈良時代から平安時代中期が最も目立ち、時代を翻弄した一族と考えています。
この時代を三期に分けたいと思います。
A 藤原4家による権力闘争の時代
→長屋王 聖武天皇・光明皇后 藤原4兄弟 諸兄 仲麻呂 道鏡 平城天皇・薬子 嵯峨天皇・檀林皇后
B 藤原氏の他氏排斥の時代(権力掌握)
→冬嗣 良房 基経 時平 忠平
C 摂関政治の時代(全盛期)
→兼家 道隆 道長 頼通 教通
今回はAの時代を取り上げます。その時代の藤原氏以外の人物も含め、個々の人物を中心に説明いたします。特に、「長屋王と藤原4兄弟の駆け引き」並びに「薬子の変の泥沼劇」、現在にも通ずる事件ではないでしょうか。薬子の変の最後には、あの坂上田村麻呂まで登場します。
[報告]
藤原氏は現在まで続く名家であります。8月文化研で訪問した近衛家もその一つになります。その藤原氏は、歴史上平安時代中期には完全に権力を掌握することになりますが、今回は、奈良時代初期から平安初期にかけての藤原四家の権力闘争を中心に進めました。
長屋王の変により藤原氏(北家 房前除く)が実権を握ったかに思えたものが、4兄弟の死により混沌とします。光明皇后・仲麻呂により南家が先行しますが、和気清麻呂・吉備真備により挫折、その後薬子により式家が台頭するも嵯峨天皇により排除されます。結果として最後に嗣により北家が藤原氏を代表することになり、近代の政治・経済・文化にも影響力を発揮しています。
この時代の闘争には、呪術、密告が横行し、人間としての弱さが際立った時代でもありました。大仏建立に関係の深い行基菩薩は、小生の地元岸和田と関係が深く、久米田池(久米田寺)は行基菩薩によるものと言われていますが、写真・動画で説明致しました。
今後は冬嗣以降にも照準を合わせ精進したいと考えています。当日は酷暑の中、多数(40名)ご参加いただき有難うございました。
(西村信明 記)