サークル・史の会

第722回学習会

謎の4世紀、その時世界は


日 時:2月22日(日)午後1時30分~4時30分
場 所:亀戸カメリアプラザ6階第3研修室
発 表:広田 恭一


日本は西暦266年、卑弥呼の後継者壱与が西晋に使者を送って以後、413年に仁徳天皇と思われる人物が宋に使者を派遣するまでの約150年間中国の歴史書に登場せず、いわゆる謎の4世紀と呼ばれる時代を過ごしています(百済による七支刀の献上や広開土王の碑文に見られる戦争の記録はありますが)。
さて、このように日本の動向は不鮮明ですが、この4世紀、世界は大きな変動の時期に当たっています。中国においては異民族(漢民族以外)による華北支配、インドではインド古代文明の全盛となるグプタ朝の成立、西アジアでは定住イラン人の復活たるササン朝の伸張、そしてローマ帝国ではキリスト教の流行、弾圧、是認、国教化及びゲルマン民族の大移動による帝国の分裂です。
今回はこれら外国の事情についてじっくりとお話するとともに、謎の多い日本の状況についても議論したいと思います。奮ってご参加下さい。


[ 報告 ]
日本列島の状況が不鮮明な4世紀の世界の状況について以下の事をお話しました。
・中国は魏晋南北朝時代ですが、五胡と言われる異民族(匈奴、鮮卑等)に華北を明け渡したとはいえ中華文明は強靭で侵入者を同化してしまった。
・インドではグプタ朝が繁栄しましたが、ゼロの発見により数学の発達や経済・商業活動の活発化が図られた。
・ペルシアではササン朝が強盛を誇り、ローマ帝国を圧迫するとともに高い文化を実現し、その影響は日本の正倉院の御物にも及んだ。
・ローマ帝国はキリスト教の弾圧から認定・国教化と動いたが、ゲルマン民族の大移動、フン族の侵入により東西に分裂、西ローマ帝国は476年にあえなく滅亡してしまった。(東ローマは1453年まで存続)
・日本もこの激動から無縁ではなく、後に渤海国を作る靺輵人が比較的平穏な形で朝鮮半島を経由してやって来たのではないか?
今回は直前(2週間前)に担当者・テーマが変更されたにもかかわらず、41名の方にご出席いただきました。ありがとうございました。                                  (広田恭一・記)